1977年11月15日、当時中学1年生13歳だった横田めぐみさんが、中学校の部活動からの帰りに北朝鮮に拉致されました。
私は、横田めぐみさんが通われていた同じ中学校の卒業生です。めぐみさんが拉致被害にあった年に生まれ、学校に通っていた当時は、拉致被害が明らかになっていなかったため、まだ13歳であった少女の身に起きた悲惨な事件を知り得ませんでした。しかし、その当時から拉致現場が海から近かった事から、1人で海に行かないように周りの大人からは言われていたのを覚えています。
拉致問題の早期解決のため、立憲党本部 泉健太代表が来県し、新潟県警協力のもと拉致現場の視察を行いました。気温が低く吹雪の中での視察となりましたが、地元選出の国会議員と共に私も地元市議として同行いたしました。
拉致問題は2002年に北朝鮮が日本人拉致を初めて認め、政府が拉致被害者に認定した17名のうち、5人の被害者の方々が帰国されましたが、他にも拉致の可能性を排除出来ない特定失踪者の方々が大勢いるとされています。
その後、1人の帰国も叶わず進展のないまま19年の年月が経過し、長年にわたって懸命な活動によって、横田めぐみさんの帰国を待ち望んでおられた、めぐみさんのお父様の横田滋さんが一昨年、再会できないまま他界されました。めぐみさんが拉致被害に遭われてから44年。長い長い年月、滋さんはじめ、ご家族がどれだけ無念な思いをされてきたか計り知れません。被害者ご本人そして、ご家族も高齢化し、めぐみさんのお母様である横田早紀江さんは「本当にたえられない」「残された時間がない」「子どもを帰してと言い続ける毎日はたまらない」と、悲痛な思いを訴えておられます。
政府は拉致問題の解決には一刻の猶予もないことを真剣に受け止め、あらゆる外交力を行使し、拉致問題が日本にとっての最重要課題であること、北朝鮮による深刻な人権侵害であることを広く世界に訴え、国際社会の協力を得ながら、日本人拉致被害者の全員の帰国を強く求めるべきです。
私達は、決して起きてはならない拉致事件を許すこと無く、横田めぐみさんはじめ、被害に遭われた方達の1日も早い帰国を1人ひとりが信じて待ち続けること。そして同じ日本人として、拉致によって連れ去れた方達が今もいることを決して忘れてはならないと改めて感じました。
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